はい、感想文のお時間です。さくさくと行ってみましょう。
 
本日の本はこちら『コンテンツの秘密 ぼくがジブリで考えたこと』です。



作者はニコニコ動画の偉い人で、数年前にジブリに鞄持ちとしていた当時の話などを交えてコンテンツについて書かれています。コンテンツという言葉に拒否反応を示す方もいるとは思いますが、

実際、ジブリ映画のことを〝コンテンツ呼ばわり〟するのはちょっと作品への敬意に欠ける気がするし、まわりに白い目で見られそうなので、ぼくはスタジオジブリで会う人の前ではコンテンツという言葉はあまり口に出さないことにしています。  しかし、本書では「ソフト」や「作品」でなく、クリエイターのかたに対して不遜ではありますが、あえて「コンテンツ」という言葉を中心に使いたいと思うのです。なぜなら、ぼくはやはりIT業界の人間だからです。クリエイターではないぼくが、いっぱしに「作品論」を語るのもそれはそれで違うでしょう

とあるようにこの感想文の中でもコンテンツで通したいと思います。ちなみにわたしは拒否感はなく、普通に敬意を持ってコンテンツとも作品とも呼びます。職業としてわたしもIT系であったりビジネスで関わる人間だからでしょうか。どうもその辺りの自分の立場がわからないこともよくあります。仕事ではもっとコンテンツに触れろ、大事にしろ、と思うこともありつつ、趣味ではもう少し感情を切り離して客観的になったら、と思ったりもします。めんどくさいですね。

さて、前提を置いたところで本の感想です。とてもいいことおもしろいこと興味深いことがたくさん書いてあって、いろいろ引用ツイートしたかったのですが制限がすぐ来てしまったためできませんでした。かといってここで引用をペカペカ貼っていくのも違う気がしますので、引用はしません! 詳しくは読んでください!

というわけで内容を持ってこずに話すのはむずかしいわけですが、なんとなく気になった部分などを書き連ねて読む人を増やそうかと目論みます。この本は主にジブリについてからなのでアニメ主体です。ただわたしはテキストの人なので(そのわりに文章ひどいな)、小説だったらどうだろうかなどと考えます。

この本の中には情報量についてという話がありました。情報量が多いほどいいコンテンツとなるそうです。基本は。ではアニメより実写の方がいいのではないかという話になっています。でもそれが違うという話が主観的情報量と客観的情報量という言葉で区別されています。簡単に言ってしまえば本質とそれ以外ということでしょうか。その映像の主題とそれ以外とも考えられます。アニメはそれをよりコントロールしやすいものだと言えるのかもしれません。実写では背景に多量な情報が存在します。でもそれはただの舞台である場合、本当に映したいのはメインキャラクターの動きであることが多いはずです。アニメではそれをコントロールし、キャラクターやその近くを精彩に描き、見る人が意識する必要のない遠い部分をぼかしたりできるということです。その他には宮﨑駿監督の描く飛行機はリアルな比率よりでかく、それが見る人の脳が望んでいて気持ちいいと感じる大きさなのだろうとも書かれていました。監督はその大きさで飛行機を主観的に感じているのだろうとも。

ではこれをテキストに置き換えるとどうなるだろうと考えながらわたしは読んでいました。小説には一般文芸とライトノベルという枠組みがあります(正式な名称などはともかくイメージはできるでしょう)。情報量の多さではどちらが多いでしょうか。一般文芸の方が多いのではと思います。ただ、それは上の対比でいう実写に近いものであるかもしれないと思いました。ライトノベルが削り落とした部分は読者が意識し気持ちよさを感じない部分であり、逆に強調された部分、とくにこれはリアルではないとまで言われるようなキャラクター性や世界観は、宮﨑駿監督が描く飛行機にあたるのかもしれません。

それがいいかどうかは決められません。イラストの世界で考えると、あまりに大きすぎる胸の女性キャラクターなどが思い浮かびました。あれも気持ちよさを追求した結果、どんどん大きくなっていったのだろうと思います。それを好む人もいるでしょう。ただ、歯止めが効かなくなっているようなものも思い当たります。

そんなことを考えるとどこまでが気持ちよさを追求すべきなのだろうとも考えました。どうも宮﨑駿監督は普通ではないようです。そういえば、今日読んだ別の本( 押井守監督『世界の半分を怒らせる』 )にも、映画監督は普通じゃないと、宮﨑駿監督らしき人たちについて名前はあげず、しかしわかる形で書かれていました。そんな普通でない監督を普通に引き止めるのがプロデューサーだとこちらの本(今回のメインの方の本です)に書かれていました。普通がわからない天才な人に「これが普通だよ」と教える話などがおもしろく書かれていました。このときの宮﨑駿監督はかわいいので、それだけでもこの本を読むことがおすすめです。高畑監督もプロデューサーが持った違和感について気にしており、プロデューサーを通して、その背後にいるだろう多くのお客さんについて考えていました。

そのほかにも、わかりやさが大事であることの例や、わからないことが大事であることの話などいろいろ載っています。それらを全部ここに書くのはめんどくさいので本を読んでください。おもしろかったり参考になるだろうことは保証します。

というわけでいろいろもっと書きたいこともあるのですが、それを全公開するのが目的ではないですし、そんなことをしたら怒られてしまうのでこの辺にしておきましょう。目的はこの本を読む人が増えればいいな、それでそんな話をできる人が増えればいいなぐらいです。

個人的なことですが、最近、プロモーションの話に食傷気味です。みんな広告を見ることは嫌いな風なのに、自分たちが出す側に回るとそんな気持ちを隠してごまかすことが多いように思います。個人でも企業でも同じです。「見てもらわなければ、はじまらない」わかります。正しいと思います。ですが、見てもらってもおもしろくなければもっとはじまりません。

おもしろいものは作れていますか?

この本の著者の方が別の記事でこれからの時代の「編集者」はネットを使ったプロモーションなどができることが望ましいというようなことを言われていました。

さて、これからの時代の「作者」には、何が必要でしょうか?

あると望ましいものと必要なものは切り分けることができていますでしょうか。少なくとも、おもしろいコンテンツを作る人達の考え方ややり方などはこの本を読めばある程度、わかるかもしれません。この本、自体おもしろいですしね。

そうして、いろいろな人と、もっとおもしろいものを作る方法なんか楽しく話せたらいいなーと思います。

ではでは。






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